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2003年6月19日更新

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『風の世界』


著者・吉野正敏
発行所・財団法人東京大学出版会
初版・1989年3月10日
吉野正敏(C)
ISBN 4-13-063017-2

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【本文より引用】
「富山県の砺波(となみ)平野の山麓にある井波でかつて聞いた話である。
ここは、日本海に低気圧がはいって、南の気流が中部山岳地帯を越して日本海側に吹き降りるときのフェーン現象によって、乾燥した暖かい風がよく吹く。これを井波風とも呼び、山麓の井波の町付近で特に強い。この風が吹き始めると、風呂屋はもちろんここの人たちは火を使わない。だから御飯をたくこともできず、パンをたくさん買い込む。もし、煙突から煙がでて、火を使っていることが他の家の人たちに知れると、“村八分”に似た結果になるのだ、という。一九二五年に街の大半を焼失した経験があるからである。また井波の背後の山々の雪の急にとける。したがって、小さな川にとけた水があふれ、洪水となる。
 井波風について砺波高校の新藤正夫の調査によると、四月に最も多く発生し、一年平均してみて毎秒一〇 ー 一五メートルの場合が約三回、毎秒一五メートル以上の場合が約二回も発生していることがわかる。
 井波風は前記のように低気圧が日本海にはいったとき、この低気圧に向かって吹く山越えの南の風で、これを“みなんかぜ”とも呼ぶ。特に八乙女山(七〇〇 ー 八〇〇メートル)の北麓の井波町を中心とするほぼ六×三キロメートルの地域に集中して強く吹く。」
 
 「前兆としては、雲が北に向かって流れ、南の山の上だけ雲があいている。周囲の山々が近くにくっきりと見えだし、山鳴りがする。(中略)しだいに南風になり、生暖かい風が五—六時間続いて吹き、小雨がぱらつき、そのうち南南東の風に変わるとものすごい風速になる。」

(P38〜「第二章 局地風  井波風について」より)

ふた間続きの日本間には欄間(らんま)が欠かせないが、井波は知る人ぞ知る名品、「井波欄間」の出どこである。
砺波平野は、春と秋、日本海で低気圧が発達すると山越えの南風が強く吹き、時には走っている自動車が横転することさえあるらしい。「井波風」もそうした強風の一つである。
 同じ富山県の八尾町(やつおまち)、「越中おわら風の盆」は、おろし風とは関わりはないのだろうか。
 
おろしと言えば、かつて長崎県五島列島にある上五島の青方湾で、山越えの強風を経験したことがある。風速15メートルくらいの強い風が海面をたたきつけ、波も高まって係留中のタンカーに被害が出た。どうしてこんな強風になったのか見当もつかない。

原因を探るうち、吉野博士の著書にでてくる「おろし風」が目にとまった。よくよく見ると、イラストに出ている山の起伏や平地の具合が現場の地形とそっくりである。おまけに、載っている計算式を使って強風の現れる距離を求めると5キロメートル、これも実際とピタリと一致した。山頂の名をとって「高熨斗(たかのし)おろし」と呼ぶことにした。

それからというもの、同じような姿の山を目にすると、麓の風を想像する。
この著書に掲載されている項目を主なものだけ紹介することにしよう。
風の四季、局地風、都市の風、風力エネルギー、大気の循環…
などなど広い範囲に及んでいる。風に関する知識を広く深く身につけることが出来るし、まさしく風の世界に入り込んだ気分になれそうである。(気象予報士・森川達夫)


風は目に見えない。だから、さまざまな天気の現象の中ではイマイチ存在感がない。
しかしこの本を読むと、風が創り出す気候風土、自然の造形などを通じて、見えないはずの風がよ〜く見えてくる。同時に、昔の人は現代人よりもっと風を身近な存在として感じていたこともわかってくる。

そもそも、雲や雨だって風が原因で出現するものだ。現代人が見失ってしまった風の世界の奥深さをしみじみ考えさせられる一冊だ。(気象予報士・森 朗)


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