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2005年5月2日更新





講談社+α新書130-1C
『平安の気象予報士 紫式部』


著者・石井和子
発行所・株式会社講談社
初版・2002年11月20日
(C)Kazuko Ishii 2002
ISBN 4-06-272166-X
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【本文より引用】

[第一章 「源氏物語」を生んだ平安時代の気候]

「平安時代の気候は?」P19
「…平安時代は桓武(かんむ)天皇が京都に都を開いた七九四年から、一一九二年の鎌倉幕府成立までのおよそ四百年間をいいます。紫式部が「源氏物語」を完成させたのが、一〇一二年頃といわれています。これは平安京ができてちょうど二百年ほど経った、平安時代の中頃にあたります。」
「七世紀から十五世紀までの気温をみると(中略)奈良時代の後半から暖かくなって(中略)十世紀にあたる九〇〇年代も温暖な気候であったらしいことが知られています。」
「しかし平安時代が全部暖かかったのではなく、紫式部が「源氏物語」を書き出した頃から寒い日が目立つようになりました。(中略)とくに十一世紀後半から十二世紀にかけては、冬を中心に一時的に厳しい寒さに見舞われたと推測されています。」

「 温暖な気候が物語を生んだ」P21
「…温暖な気候が続いた平安時代前半、まさに貴族たちによる王朝文化が花開いた頂点の頃に、紫式部が生まれ、「源氏物語」を書いたということはまちがいなさそうです。」
「温暖な十世紀の頃は、女流文学の時代でもありました。教養が高く、感性も優れたたくさんの女房たちが宮中に出入りし、その才を競いあいました。」「宮廷の女性たちは、当時発明された「かな」を使って、さかんに和歌を作り競いあいましたが、(中略)「源氏物語」は、恵まれた温暖な気候のもと、華やかな宮廷女流文学のなかから、生まれるべくして生まれたといえるでしょう。」

「寒かった宮中の暮らし」P24
「では、冬の寒さはどうだったのでしょうか。(中略)夏向きに立てられた寝殿造りの板敷きの生活では、冬の寒さは身にしみたはずです。しかも冬でさえ男女ともに素足でした。」「人々は雪が降れば、喜んで釣殿(つりどの:池に臨んで建てられた殿舎)などで雪見をしました。いったいに源氏をはじめ昔の人々は、今よりも寒さにかなり強かったようです。」

「縄文人と渡来人」P32
「縄文時代は、今からおよそ一万二千年前、寒冷な気候が終わり、海水面が上昇し、日本列島がまわりの大陸から孤立した頃からはじまり、約一万年続いたといわれています。縄文人はインドネシアをはじめ、温かい南アジアから日本列島にやってきました。(中略)長い間に沖縄から北海道まで、日本列島に広く分布するようになりました。」
「今からおよそ二千三百年ほど前、新たにアジア大陸から日本にやってきた人たちがいます。彼らは渡来人と呼ばれ、(中略)氷河期をくぐりぬけて寒冷な気候に適応し、進化してきた人々です。寒さにはかなり強い人種でした。」

「寒さに強い遺伝子を持つ平安人」P33〜
「縄文人と渡来人がゆっくりと混血をくりかえしながら、現在の日本人ができあがっていったといわれています。」
「平安京を作った桓武(かんむ)天皇でさえ渡来人との血縁で、クオーターであったことが知られています。」「渡来人の多かった京都周辺の人々が、混血によってほかの地域の人よりも寒さに強い遺伝子を受け継いだ可能性も考えられるのではないでしょうか」

[第二章 「源氏物語」を育んだ京都の地形と天気]
「北に高く南に低い地形」P44
「京都は、今からおよそ二百万年前、瀬戸内海東部の断層運動の際に陥没してできた湖の跡であるといわれています。その後、何度か陥没や隆起をくりかえし、ときには海水が浸入して大阪湾につながる入り江にもなっていました。やがて、まわりの山々からの土砂が堆積したり、地殻の隆起などによって湖となり、その後、陸地化したようです。」
「この、太古の昔にできた盆地の地形が、京都特有の「夏蒸し暑く、冬底冷え」する気候を作り出しています。」

「日本一暑い京都の夏」P51
「京都の夏は格別に暑いといわれています。」「風の出入りが少なく、あっても昼間は大阪平野から吹き込む暑い南西風や東の風となります。この地形による京都特有の暑さは、平安の昔からほとんど変わることなく続いているのでしょう。」
「蒸し風呂のような暑さのなかで、夏向きとはいっても幾重にも重ね着をさせられ、めったに部屋の奥から出ることもなかった平安の女性たちは、ほんとうにたいへんだったことでしょう。」


「源氏物語」の気象を現代科学の視点から分析する、いかに膨大なデータと、広範な分野にわたる考察がなされたことか。著者は京都にも数えきれないほどに足を運んだという。千年の時を経た今も平安の空気を肌で感じ取り、紫式部の心境にかぎりなく近づこうという努力と情熱がこの本にはにじみ出ている。
今回は締めくくりとして、平安王朝の古気象の考証と、京都の地形・気候についての章を紹介した。紫式部がどのような気候環境のもとで源氏物語を書き上げたのか、また平安人たちの寒さに対する強さの秘密が、縄文人と大陸からの渡来人との混血にあったことなどが分析されている。読んでいて、平安時代にタイムスリップしたほどに興をそそられる。

この著書を、3回に分けてさわりだけを紹介してきた。紙面の都合で大切なところを数多く省略したが、ほんとうは、貴重なデータや分析が幾つも盛り込まれ、しかも薫り高き文章から風情が漂う。まこと価値ある一冊といえよう。
「あとがき」の中から次の部分を抜き書きして終わりとしたい。(気象予報士・森川 達夫)
「今まで別世界のように思っていた平安時代の人々が、現代とほとんど変わらない気象現象のもと、人間としての感性も今の私たちとほとんど変わることなく生きていたのです。「『源氏物語』のなかの気象」を調べて、私がもっとも感激したのはこのことであったといっても過言ではないと思います。」(「あとがき」より)

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   オホーツク海より南の海では流氷は生まれない。『流氷 白いオホーツクからの伝言』菊地慶一・著 ( 2005年1月19日更新 )
   かつて日本の山にも氷河があったことを物語っている『山の自然学入門』小泉武栄、 清水長正・編 ( 2004年11月15日更新 )
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