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2004年9月21日更新





講談社+α新書130-1C
『平安の気象予報士 紫式部』


著者・石井和子
発行所・株式会社講談社
初版・2002年11月20日
(C)Kazuko Ishii 2002
ISBN 4-06-272166-X
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【本文より引用】
「野分(のわき)は台風」
「『源氏物語』の第一帖(じょう)「桐壺(きりつぼ)」では、秋は台風によってもたらされました。 (中略)

〜野分たちて、にはかに肌寒き夕暮れの程、つねよりも、おぼし出づること多くて、靫負(ゆげい)の命婦(みょうぶ)というを、つかはす。夕月夜のをかしき程に、いだしたてさせ給ひて、やがてながめおはします〜

(台風一過、この秋はじめての本格的な移動性高気圧がやってきた日の夕方のこと、さわやかな乾いた空気におおわれ、昼間は残暑があっても夕方は急に肌寒く、秋の訪れが身にしみて感ぜられる頃、帝は常にもまして亡くなった桐壺の更衣がしのばれ、靫負命婦(ゆげいのみょうぶ)を桐壺の更衣の里(実家)につかわし、更衣の母親としみじみ語り合わせます。夕月夜の美しい酔いの程に命婦を出してやって、自分はそのまま、あたりをながめていらっしゃいます)

格調高いこのくだり、私は「野分たちて」を「台風一過」と考えました。(中略)三省堂『古語辞典』で「野分」をひくと、「今の九月ごろ吹くあらし、台風」となっています。(中略)この時期、風雨をともなって強く吹きあれる現象はすべて「野分」といったのかも知れません。でも私には、これはやはり「台風」としか思えないのです。」 「どんな台風だったのか記述されていないのでわかりませんが、更衣の実家の庭のようすなどから、たぶん小型の、どちらかといえば風が主体の台風ではなかったかと考えられます。」
(P120「第五章 めぐる季節の中でー秋から冬へ」より)

「紫式部の気象的センスのすごさ」
「紫式部は「野分」(引用者註:前出とは別の野分)の帖の書き出しのところで、「毎年やってくるけれども、さけられない台風がやってきたが、今年の台風の特徴は風が…」と、つぎのように書いています。

〜野分、例の年よりもおどろおどろしく空の色変わりて、吹きいづ…(中略)暮れゆくままに、物も見えず吹きまよはして、いと、むくつけければ、御格子などまゐりぬるに〜

(今年の野分は例年よりも荒々しく、たちまち空の色を変えて吹き出しました…(中略)日が暮れていくにつれ、物も見えないように吹き荒れる風の気味悪さに、格子なども下ろしたので…)」
(P208「第八章 紫式部は平安の気象予報士」より)

「「野分」の帖の台風を推理する」
「さて、この帖の台風ですが、前日の昼間から風が吹きはじめてだんだんと強くなり、一晩中もみぬき、明け方には断続的な強い雨も加わって、やがて朝の、まだ比較的早いうちに日が射すようになったとあります。
時間の経過から察すると、台風の規模は大型かそれ以上(中略)で、さらに夕霧の祖母・大宮が、「この年になるまで経験したことのない、はげしい野分」といっていることや、大木の枝が折れたり家々の瓦(かわら)が飛んだり、明け方には六条院の離れの建築物が皆倒れそうだといっていることなどから、京の都は台風の中心にかなり近く、少なくとも風速二十五メートル以上の暴風域に入ったものと思われます。 (中略)そして調べていくにつれ、おもしろいことに、とくに昭和九年の第一室戸台風が、この「野分」の帖の台風に、時間も特徴もとてもよく似ていることがわかりました。」
(P211「第八章 紫式部は平安の気象予報士」より)


著者は元TBSアナウンサーとして長く気象番組を担当し、その優しさと熱意あふれる人柄は広く人々に親しまれている。現在も、気象予報士会会長や気象庁気象審議会委員を勤めるほか、ラジオ、講演と多忙な気象人である。
この本は、実に4年もの歳月をかけて書き上げられた。文学的な読み物と見られている源氏物語が、近代気象学の視線から丹念に分析され、千年も昔の平安時代の天気や気象が手に取るように解き明かされている。
著者の表現のそこかしこに、優雅な平安の情緒がただよってくるのも言いようもない魅力である。
つい最近、最大級の台風16号、18号が相次いで日本列島を襲った。
源氏物語の「野分」の帖にも、台風が京都を通過した時の様子が述べられている。著者はその「野分」について、昭和九年の猛烈な台風、第一室戸台風にコースも規模も酷似していたと推論している。 まことに興味深い。

この本の、「めぐる季節の中で」と題する各章を、これからさき季節のめぐるに合わせて紹介していきたい。ご期待ください。(気象予報士・森川 達夫)

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