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2005年8月22日更新





『生涯最高の失敗』

著者・田中耕一
発行所・朝日新聞社
初版・2003年9月25日
(C)K.Tanaka 2003 Printed in Japan
ISBN 4-02-259836-0
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【本文より引用】
「まえがき− ノーベル賞を受賞して」P3〜
「昨年の一〇月九日の発表によって、私は突然ひのき舞台の最前列に引っ張りだされ、「癒(いや)し系」「親思いのりっぱな人」あるいは「出世を断り、苦労してきた変人」などと、テレビ、新聞、はては週刊誌にまでとりあげられ、どこかを訪問するたびにフラッシュやスポットライトを浴びてきました。(中略)「そっとしておいてほしい」と伝えたにもかかわらず、それすら「田中さんはおくゆかしい」と解釈されてしまう。(中略)このようなことになるのは私が日本にいるから」と思い、海外移住を真剣に考えなければならなかったほどです。」

「ノーベル賞受賞が決まってから半年間は、エンジニアとしての仕事をする時間がまったくありませんでした。でも、いま、私はまだ四三歳です。寿命を八〇年として、ようやく折り返し地点を回ったところです。残りの人生をどのように生きていくのかを考えたとき、やはり私が望むのは「エンジニア」としての人生だという結論に達しました。」

「受賞が決まった日 」P12
 「その日、二〇〇二年一〇月九日の朝はまだ、まさか夕方以降、自分の生活が様変わりするなどとは思いもよりませんでしたので、東京大学名誉教授の小柴昌俊先生がノーベル物理学賞を受賞されたニュースを見て、「そうか、三年つづきで日本人がノーベル賞を受賞したんだ。すごいことだな」と、まったくちがう世界の出来事のように思いながら、八時前に家を出ました。」
 「夕方五時過ぎには、仕事を片づけはじめました。(中略)そろそろ会社を出ようかと思っていたら、ある人から電話があって、「これから約一五分後に外国から重要な電話があるから、そのまま会社にいるように」と言われました。
 そして間もなく、ほんとうに外国から英語の電話がかかってきました。電話の主から「ノーベル」「コングラチュレイション」という言葉を聞いたような気がしたのですが、まさか、自分があのノーベル賞と縁があるとは思えませんから、(中略)電話の内容をよく理解しないまま、とりあえず「ありがとう」と言って電話を切りました。じつは内心では、これは同僚か友人が仕組んだ「びっくりカメラかな」とも想像していたのです。
 それからが大変でした。」

「まず、職場に五〇台以上ある電話が一斉に鳴りはじめました。(中略)いったいなにごとが起こったのか。あまりに鳴りつづけるので、私もやむなく受話器をとったところ、「御社(おんしゃ)の社員タナカコウイチさんという方がノーベル賞を受賞されたそうですが……」などと、根堀り葉堀り聞き出そうとするのです。しかし、そのときはまだ、事態が呑み込めていなかったので、「私ではよく分かりません」と言って、なんとか切ることができました。」
「島津製作所に「田中コウイチ」は三人いるそうです。後日、広報担当者から聞いたところによると、報道関係者からの問い合わせを受けて社内でまずやらなければならなかったのは、どの「田中コウイチか」を特定することだったそうです。」
「まったくもって寝耳に水のような出来事で、「なんで私が?」と心のなかで何回も自問自答しました。」「受賞はほんとうのことだったのだな、と実感がわきはじめたのは、翌朝、テレビや新聞で自分の顔を見てからでした。」

「生涯最高の失敗」P138
「一九八五年二月のことです。量ろうとしていた試料は、多分ビタミンB12(分子量一三五〇)だったと思います。この試料を分析装置にかける準備をしていたときに、私は間違って、いつも使っているアセトンの代わりにグリセリンを、金属超微粉末と混ぜてしまいました。」
「しかし、金属調微粉末を捨ててしまうのはもったいないので、これも試しに質量を量ってみようと、なんと、その失敗作を実験に使ってしまったのです。」
「質量分析装置の測定は真空中で行います。グリセリンは真空中で徐々に気化して、いずれなくなってしまいます。だから、この「失敗作」を使っても、そのまま待っていれば、そのうちデータがとれるようになるだろうと考えました。 同時に、ただ待っているより、早く気化させたほうがいいと、レーザーを照射しつづけました。(中略)一分でも早く結果を見たかったため、乾ききらないうちから質量スペクトルを見ていました。」
「それまで見たことのなかったような現象を、はじめて観察することができたのです。スペクトルの質量数が一三〇〇あたりに、ピークがあらわれたのです。つまり、分子量が約一三〇〇の分子を壊さずにイオン化することができたのです。」

「私の開発したこの方法は、「ソフトレーザー脱イオン化法(Soft Laser Desorption SLD)」と言います。」「この方法がノーベル化学賞を受賞したのですが、(中略)私の発見は、グリセリンを偶然に金属超微粉末に「こぼして」しまったためです。」

「世界の研究者が改良」P148
「私の方法は、そのまま現在も使われているわけではありません。(中略)私の開発した方法を大きく改良し、性能を飛躍的に向上させた方々があったから、私もこうして高い評価をいただくことができたのです。」


ノーベル化学賞に輝く田中耕一さん。作業服姿でテレビの前に戸惑ったように立つ光景は、いまも記憶に新しい。
中学・高校時代の同級生から「お前は化学の実験でいつも教科書とちがうことをやっていた」といわれるほど、いつも独自の実験方法を考え出していたという。大学時代(東北大学工学部)も、島津製作所に入社後も現在も、実験をすることが楽しくて仕方がないそうである。

分子や原子の「イオン化」を促進する物質を探し出して試料と混ぜ、質量分析装置のなかで高圧電気やレーザーを使ってオシロスコープの画面を観測する。こうした実験を重ねた結果、分子の質量分析の方法を発見した。これが「ソフトレーザー脱離イオン化法」として世界に注目され、ノーベル化学賞の栄誉に輝いた。

この本は、一部分にきわめて専門的な記述があるが、一方で、たゆまざる努力と、失敗を重ねることの大切さが、にじみ出るように述べられている。心温まる一冊である。(気象予報士・森川達夫)

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